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※決して好意的な感想ではないかもしれません。批評や妄想、仮説、そういうのがダメな方はご注意を。
10話まで終わりましたね、マクロスΔも。
マクロスシリーズといえば三角関係で、Δは主人公ハヤテとヒロインのフレイア、そしてミラージュで繰り広げられることは始まった当初からわかっていたこと。
・・・なんだけど、どうも明確なフラグが立たないんですよね。
フレイアは自分と共感しあえるハヤテが気になっていく。
同僚として共に闘い、自分にないものを持っているハヤテにミラージュは惹かれていく。
そしてお約束、主人公ハヤテは二人の気持ちに気づかないという、わかりきっていたレールをようやく9話で感じられました。
夢中になれるものがない→空を翔びたい→何のために跳ぶ?・・・という、主人公の成長を描くかたわらで、恋の鞘当が繰り広げられるマクロスを期待していたはずが、なんだかイマイチ盛り上がらない。
その理由が「主人公に共感できない」という致命的な点にあります。
しかも、登場人物がたくさんいるために主人公に焦点を絞りきれず埋没してしまっていること、どのキャラも描ききれていないことがインパクトに欠ける要因に。
加えて物語の主軸が何に置かれているかのわかりにくさ。
ヴァールシンドロームを引き起こす風の王国との闘いか、主人公の成長か、はたまた全てを描こうとしている・・・んだろうなあ、たぶん。
広く手を広げすぎた結果、なんだか印象に残りにくい作品になりつつあるΔですが、10話でようやくツボを発見しました。
恋を取り上げた重要なこの回が、まさか本来の主人公とヒロインのためではなかったなんて!(たぶん、それぞれに自覚をさせるための回)。そこから生まれた妄想でした。ツイッターでもつぶやきましたが、この作品、主人公を変えていたら最高に盛り上がったんじゃない!?(自分が)と。
『 マクロスΔ 』
世界観やそれぞれの所属・立場、国や組織の設定はそのままに。
主人公:メッサー・イーレフェルト(21)
Δ小隊に所属するエースパイロット。冷静沈着で時として非情にもなるが、腕は確か。生まれ育った星でヴァール症候群に感染しており、常に発症の恐怖と闘いながら戦闘に身を投じる。
ヒロイン:カナメ・バッカニア(22)
Δ小隊と共に闘う音楽戦術ユニット、ワルキューレに所属。かつてアイドルとしてデビューしたが、鳴かず飛ばずだった過去を持つ。現在はマネージャーとしての役割を兼任し、ワルキューレを影からも支える。
もうひとりの主人公:アラド・メルダース(33)
Δ小隊のリーダー。癖のあるパイロットが揃うΔ小隊を厳しさと包容力でまとめあげる、頼れる兄貴分。かつて新統合軍に所属しており、風の王国ウィンダミアとも少なからず因縁がある。
〈STORY〉
Δ小隊に所属するメッサーは、エースパイロットとしてワルキューレとともにヴァールシンドローム鎮圧の任務についていた。母星でヴァールシンドロームに感染していた彼にとって、ヴァールを操る風の王国・風の歌い手による歌は自身の戦闘能力を格段に上昇させるものであったが、自己を失うとも限らない諸刃の剣だった。
ギリギリの精神状態の中で戦いに身を投じるメッサー。彼が翔ぶ本当の理由――それは、カナメを護ることだった。かつて母星でヴァールから救ってくれたのは、まだワルキューレとして活躍する前のカナメだったのだ(注:アニメではワルキューレエース時代という設定)。
ワルキューレのエースシンガーを三雲に奪われる形となり、今はメンバー兼マネージャーとして支えているカナメ。自分の実力もわかっている。限界もわかっている。自分に納得させた上で自分の役割を果たしてきたカナメだったが、三雲や新たに加入したフレイアの才能を目の当たりにして自分の存在意義に不安を募らせていく。彼女は今の自分が生きる道を示してくれたアラドに想いを寄せていた。
曲者ぞろいのΔ小隊をまとめあげ、実力も兼ね備えたリーダーとしてまわりから慕われるアラド。ヴァールに浸食されつつあったメッサーを救出し、Δ小隊にスカウトしたのも彼だった。
新たにハヤテというパイロットを迎え隊が活気づく反面、ヴァールシンドロームで侵略を目論む風の王国との対立が深まっていく。風の王国とはアラドが新統合軍所属時代に戦争が起こり、制圧された辺境の星だった。かつて激戦を極めたその戦いは、アラドの心に深く傷を残していた。
後輩パイロットたちを厳しく指導しながら戦闘についていたメッサーだったが、ついに再びヴァールを発症してしまう。それに気づくハヤテとミラージュ。そうまでしてなぜ翔ぶのか理由を問い詰められたメッサーはカナメへの想いを吐露するが、闘う意義を個人のためだけに向けていることを激しく糾弾されてしまう。
一方でカナメもメッサーの精神的な危うさを感じていた。理由を訊いても多くを語ろうとせず、ひたすら闘いにメッサーは突き進んでいく。歌手としての己の存在意義に不安を抱えいていたカナメは、信じるものに迷いのないメッサーとは正反対の自分を比較して引退を考えはじめる。
カナメの不安を理解していたアラドは、自分の経験からそれぞれ人には役割があることを諭す。
メッサーが闘う本当の理由を知らないまま、揺るがない信念を持つ彼に次第に惹かれていくカナメ。仲間として? それとも――。アラドを想う一方で、メッサーのために歌いたいという想いが芽生え始めていた。
風の王国との戦闘が激化していくにともない、アラドは己の記憶に苦しんでいた。かつての闘いは凄惨さを極め、今もなお鮮明に脳裏に蘇る光景――。新統合軍所属だったころエースパイロットとして、命令のままに多くの無抵抗の人間の命を刈り取った自分。過去の行いを悔い、今度こそ誰かを救いたいという思いがあったにもかかわらず、メッサーを闘いに参戦させてしまった自分。本来ならリーダーでいる資格はないはずの自分。
カナメが寄せる好意に気づいてはいて、アラドもまたカナメを好ましく思っていた。だが、自分には応える資格はない。自分とは同じ思いをさせたくない、彼ら若い世代に闘うことの現実を知らないままでいてほしいとの願いのためだけに、多くを隠しアラドもまた闘いに身を投じていく。
命の恩人であり、自身の絶対的な存在であるカナメを護るためだけに翔ぶことは罪なのか。
想いを寄せる人以外の存在に、命を賭けて歌いたいと思うのは許されないのか。
今また多くの仲間を闘いに向かわせている自分が、誰かを救えるのだろうか。
三者三様の想いが交差し、闘いの中、新たなトライアングルが幕を開ける―――。
・・・っていう。
この妄想で 「一度だけの恋なら」 を聞くと、個人的にグッときます!
ハヤテは17歳、フレイアは14歳、ミラージュ18歳と、ターゲットにした視聴者に合わせて主役のキャラを低年齢にしたんだと思います。
低年齢というか、このへんはもうアニメのヒーローの王道年齢ですよね。
だけど、思うんですよ。10代だけが世界を救えるんじゃない、と!
現実と理想のギャップとか、こんなはずじゃなかったっていう大人だからこその苦悩を、アニメで見てみたいなと思うんです。
何も自覚してなかった若い世代の成長物語はもう見飽きた感が強く、目新しさにイマイチ欠けるような気がするんですよね。それだったら、もっと精神的に葛藤する大人が見たくなる。
それだったら、このハヤテが主人公のΔより、もっと共感できたと思うんです。
自分が翔ぶ意味って、結局自分のためでしかない気がして。そんな幼い主人公よりもう少し上の、現実的なものを感じさせる主人公が見てみたかった。
だから、Δ では比較的視聴者のターゲットを上げたほうがもっとおもしろかったんじゃないかと。
心のままに素直でいたいと願っていても、現実が許さない。理想論だけでは語れない、心の複雑さが見てみたい。
なので私の妄想の中ではアニメよりもっと、ハヤテもフレイアもミラージュも若さゆえに闘うことの本当の意味を知らないままで戦闘に加わっているイメージです。
Δ にはかわいい子やカッコイイ子にただわーきゃーするだけではなくて、人の心の深さみたいなものに期待してたのかもしれません。余談ですが、マクロスシリーズの中では30代ってすごく老けて見えませんか!?(笑) でも、戦争がある世界だと精神的にそうなるのかもしれないですね。
話が逸れました。シリーズ作品とはいえ別作品であるFと比較するものではないと思うけど、それぞれの状況や感情を深読み、考察することが面白かったFと比べて、どうもΔは広く浅くのような印象があっていろいろもったいない気がして。
これから深くなるのかな。BD全9巻×3話だと、全27話ぐらいですもんね。まだまだおもしろくなることを期待。ハヤテに共感するものを見つけることが、今後も視聴目的になりそうです。
ここに書き連ねたのはあくまで勝手な個人的見解と妄想です。そうじゃない、という方がいたら失礼しました。
カナメがワルキューレになる前にも、ワルキューレとしてでなくても救えていた人がいたと知って、歌うことの原点に立ち還ることができる。そのきっかけとなるのがメッサーで・・・みたいな物語を妄想して一人でニヤニヤしてはたと我に返る。・・・マクロスΔに求める熱さや胸キュンというよりも、もしかしてこの二人が好きなだけかも!?
なんだかんだ言ってますが、Δを見るのを毎週楽しみにしてます。10話みたいに胸を掴むような波が、もっともっとドカンと来てほしいな。ごりごりに!(笑)
10話まで終わりましたね、マクロスΔも。
マクロスシリーズといえば三角関係で、Δは主人公ハヤテとヒロインのフレイア、そしてミラージュで繰り広げられることは始まった当初からわかっていたこと。
・・・なんだけど、どうも明確なフラグが立たないんですよね。
フレイアは自分と共感しあえるハヤテが気になっていく。
同僚として共に闘い、自分にないものを持っているハヤテにミラージュは惹かれていく。
そしてお約束、主人公ハヤテは二人の気持ちに気づかないという、わかりきっていたレールをようやく9話で感じられました。
夢中になれるものがない→空を翔びたい→何のために跳ぶ?・・・という、主人公の成長を描くかたわらで、恋の鞘当が繰り広げられるマクロスを期待していたはずが、なんだかイマイチ盛り上がらない。
その理由が「主人公に共感できない」という致命的な点にあります。
しかも、登場人物がたくさんいるために主人公に焦点を絞りきれず埋没してしまっていること、どのキャラも描ききれていないことがインパクトに欠ける要因に。
加えて物語の主軸が何に置かれているかのわかりにくさ。
ヴァールシンドロームを引き起こす風の王国との闘いか、主人公の成長か、はたまた全てを描こうとしている・・・んだろうなあ、たぶん。
広く手を広げすぎた結果、なんだか印象に残りにくい作品になりつつあるΔですが、10話でようやくツボを発見しました。
恋を取り上げた重要なこの回が、まさか本来の主人公とヒロインのためではなかったなんて!(たぶん、それぞれに自覚をさせるための回)。そこから生まれた妄想でした。ツイッターでもつぶやきましたが、この作品、主人公を変えていたら最高に盛り上がったんじゃない!?(自分が)と。
『 マクロスΔ 』
世界観やそれぞれの所属・立場、国や組織の設定はそのままに。
主人公:メッサー・イーレフェルト(21)
Δ小隊に所属するエースパイロット。冷静沈着で時として非情にもなるが、腕は確か。生まれ育った星でヴァール症候群に感染しており、常に発症の恐怖と闘いながら戦闘に身を投じる。
ヒロイン:カナメ・バッカニア(22)
Δ小隊と共に闘う音楽戦術ユニット、ワルキューレに所属。かつてアイドルとしてデビューしたが、鳴かず飛ばずだった過去を持つ。現在はマネージャーとしての役割を兼任し、ワルキューレを影からも支える。
もうひとりの主人公:アラド・メルダース(33)
Δ小隊のリーダー。癖のあるパイロットが揃うΔ小隊を厳しさと包容力でまとめあげる、頼れる兄貴分。かつて新統合軍に所属しており、風の王国ウィンダミアとも少なからず因縁がある。
〈STORY〉
Δ小隊に所属するメッサーは、エースパイロットとしてワルキューレとともにヴァールシンドローム鎮圧の任務についていた。母星でヴァールシンドロームに感染していた彼にとって、ヴァールを操る風の王国・風の歌い手による歌は自身の戦闘能力を格段に上昇させるものであったが、自己を失うとも限らない諸刃の剣だった。
ギリギリの精神状態の中で戦いに身を投じるメッサー。彼が翔ぶ本当の理由――それは、カナメを護ることだった。かつて母星でヴァールから救ってくれたのは、まだワルキューレとして活躍する前のカナメだったのだ(注:アニメではワルキューレエース時代という設定)。
ワルキューレのエースシンガーを三雲に奪われる形となり、今はメンバー兼マネージャーとして支えているカナメ。自分の実力もわかっている。限界もわかっている。自分に納得させた上で自分の役割を果たしてきたカナメだったが、三雲や新たに加入したフレイアの才能を目の当たりにして自分の存在意義に不安を募らせていく。彼女は今の自分が生きる道を示してくれたアラドに想いを寄せていた。
曲者ぞろいのΔ小隊をまとめあげ、実力も兼ね備えたリーダーとしてまわりから慕われるアラド。ヴァールに浸食されつつあったメッサーを救出し、Δ小隊にスカウトしたのも彼だった。
新たにハヤテというパイロットを迎え隊が活気づく反面、ヴァールシンドロームで侵略を目論む風の王国との対立が深まっていく。風の王国とはアラドが新統合軍所属時代に戦争が起こり、制圧された辺境の星だった。かつて激戦を極めたその戦いは、アラドの心に深く傷を残していた。
後輩パイロットたちを厳しく指導しながら戦闘についていたメッサーだったが、ついに再びヴァールを発症してしまう。それに気づくハヤテとミラージュ。そうまでしてなぜ翔ぶのか理由を問い詰められたメッサーはカナメへの想いを吐露するが、闘う意義を個人のためだけに向けていることを激しく糾弾されてしまう。
一方でカナメもメッサーの精神的な危うさを感じていた。理由を訊いても多くを語ろうとせず、ひたすら闘いにメッサーは突き進んでいく。歌手としての己の存在意義に不安を抱えいていたカナメは、信じるものに迷いのないメッサーとは正反対の自分を比較して引退を考えはじめる。
カナメの不安を理解していたアラドは、自分の経験からそれぞれ人には役割があることを諭す。
メッサーが闘う本当の理由を知らないまま、揺るがない信念を持つ彼に次第に惹かれていくカナメ。仲間として? それとも――。アラドを想う一方で、メッサーのために歌いたいという想いが芽生え始めていた。
風の王国との戦闘が激化していくにともない、アラドは己の記憶に苦しんでいた。かつての闘いは凄惨さを極め、今もなお鮮明に脳裏に蘇る光景――。新統合軍所属だったころエースパイロットとして、命令のままに多くの無抵抗の人間の命を刈り取った自分。過去の行いを悔い、今度こそ誰かを救いたいという思いがあったにもかかわらず、メッサーを闘いに参戦させてしまった自分。本来ならリーダーでいる資格はないはずの自分。
カナメが寄せる好意に気づいてはいて、アラドもまたカナメを好ましく思っていた。だが、自分には応える資格はない。自分とは同じ思いをさせたくない、彼ら若い世代に闘うことの現実を知らないままでいてほしいとの願いのためだけに、多くを隠しアラドもまた闘いに身を投じていく。
命の恩人であり、自身の絶対的な存在であるカナメを護るためだけに翔ぶことは罪なのか。
想いを寄せる人以外の存在に、命を賭けて歌いたいと思うのは許されないのか。
今また多くの仲間を闘いに向かわせている自分が、誰かを救えるのだろうか。
三者三様の想いが交差し、闘いの中、新たなトライアングルが幕を開ける―――。
・・・っていう。
この妄想で 「一度だけの恋なら」 を聞くと、個人的にグッときます!
ハヤテは17歳、フレイアは14歳、ミラージュ18歳と、ターゲットにした視聴者に合わせて主役のキャラを低年齢にしたんだと思います。
低年齢というか、このへんはもうアニメのヒーローの王道年齢ですよね。
だけど、思うんですよ。10代だけが世界を救えるんじゃない、と!
現実と理想のギャップとか、こんなはずじゃなかったっていう大人だからこその苦悩を、アニメで見てみたいなと思うんです。
何も自覚してなかった若い世代の成長物語はもう見飽きた感が強く、目新しさにイマイチ欠けるような気がするんですよね。それだったら、もっと精神的に葛藤する大人が見たくなる。
それだったら、このハヤテが主人公のΔより、もっと共感できたと思うんです。
自分が翔ぶ意味って、結局自分のためでしかない気がして。そんな幼い主人公よりもう少し上の、現実的なものを感じさせる主人公が見てみたかった。
だから、Δ では比較的視聴者のターゲットを上げたほうがもっとおもしろかったんじゃないかと。
心のままに素直でいたいと願っていても、現実が許さない。理想論だけでは語れない、心の複雑さが見てみたい。
なので私の妄想の中ではアニメよりもっと、ハヤテもフレイアもミラージュも若さゆえに闘うことの本当の意味を知らないままで戦闘に加わっているイメージです。
Δ にはかわいい子やカッコイイ子にただわーきゃーするだけではなくて、人の心の深さみたいなものに期待してたのかもしれません。余談ですが、マクロスシリーズの中では30代ってすごく老けて見えませんか!?(笑) でも、戦争がある世界だと精神的にそうなるのかもしれないですね。
話が逸れました。シリーズ作品とはいえ別作品であるFと比較するものではないと思うけど、それぞれの状況や感情を深読み、考察することが面白かったFと比べて、どうもΔは広く浅くのような印象があっていろいろもったいない気がして。
これから深くなるのかな。BD全9巻×3話だと、全27話ぐらいですもんね。まだまだおもしろくなることを期待。ハヤテに共感するものを見つけることが、今後も視聴目的になりそうです。
ここに書き連ねたのはあくまで勝手な個人的見解と妄想です。そうじゃない、という方がいたら失礼しました。
カナメがワルキューレになる前にも、ワルキューレとしてでなくても救えていた人がいたと知って、歌うことの原点に立ち還ることができる。そのきっかけとなるのがメッサーで・・・みたいな物語を妄想して一人でニヤニヤしてはたと我に返る。・・・マクロスΔに求める熱さや胸キュンというよりも、もしかしてこの二人が好きなだけかも!?
なんだかんだ言ってますが、Δを見るのを毎週楽しみにしてます。10話みたいに胸を掴むような波が、もっともっとドカンと来てほしいな。ごりごりに!(笑)
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